相談相手に欲しいのは「共感してくれる」ことです
ことわりを入れておきますが、「今まさに精神的に辛くて今を乗り越えたい、なんとかしたい」という人向けのお話です。お金を稼ぎたい人などには共感はなくてもいいです、副業のアドバイスなどが最適でしょう。
ということで、辛くて辛くて鬱気味になっている人には、アドバイスはあまり意味がないです。全く無意味なわけではないですが、ストレスや悩みはそう簡単には晴れません。「今なんとか生きてること」状態なのに、「散歩でもしたら?」とか「日記とか書こう!」と言われても、気分が晴れないどころか更に落ち込みかねません。
辛いときに大事なのは「共感」であり、「受けられている」という安心感です。
失敗や挫折、他人からの叱責や疎外などの辛いことがあり、その原因を自分の中に見つけようとし過ぎた結果、「自分なんて……」という思いが頭の中でぐるぐる回っています。実際にはもっと過酷ですが、鬱な人はそこまで追い詰められています。
その苦痛を自分のことのように感じ、たとえ感じられなくても否定せず受け入れてくれるのが、精神的に辛いときにまず落ち着くことができます。
相談相手の落とし穴:喉元を通り過ぎた人
ことわざに『喉元過ぎれば熱さを忘れる』というのがあります。これが共感能力にも起きます。
同じような辛い状態を乗り越えた経験がある人は、その辛かった経験を「大したことない」と過小評価するようになります。
実際には、辛かった経験を過小評価するというより、”乗り越えた達成感”を過大評価して共感するよりアドバイスしたい気持ちが大きくなりがちです。正直、私もそうです(自戒を込めて)。「あんな辛かった鬱を乗り越えて、今は普通に働いている」というのは、自分にとって大きな自信であり精神的な支えになっています。
しかし、当たり前ですが自信満々な人に「こうすればいいんだよ!!」とアドバイスされても、辛くて苦しんでいる人にはなにも励みになりません。頭も心も疲弊して足元がふらふらなのに「さあ、走り出すんだ!!」と言っているようなものです。「疲れちゃったんだね」とわかってくれて、「すこし止まって休もう」と受け入れてくれる存在こそが必要なんです。
「理解」ではなく「共感」
精神科医の先生は何年もメンタルヘルスについて勉強し、更に何年も診療しているプロです。それなのに精神科通いで回復したという話を私はあまり聞いたことがありません。症状や療法を「理解」しているだけでは助けにならないのでしょう。
また、自分に一番近い存在は”自分自身”です。私は『自己肯定感』という言葉は好きじゃなくて『自己許容力』ということにしています。
前進するのは休んでからでいいんです。
まずは、今の自分を受け入れてあげること。足元がしっかりして前を見据えられるようになるまでは、周りの人々に頼るのも悪いことじゃないですし、なによりボロボロな自分を許して受け入れてあげましょう。
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